不況局面における山村経済と住民の状態
1973年秋のオイル・ショックまで十数年間にわたった「高度成長」。
つまり独占資本の強蓄積過程は、重化学工業の重点的な発展と農林業の停滞(あるいは衰退)の間に産業構造上の著しいひずみをひきおこしました。
そしてそれは、都市と農山村との対立を「過密」と「過疎」という極端な段階にまでおしすすめたのです。
そしてこのような全国的規模で生じた深刻な不均等発展から生ずる危機に対処して、政府も三全総(第三次全国総合開発計画)においては、大都市と農山村の地域的対立を緩和する必要に迫られて「定住圏構想」をうち出さざるを得なかったのです。
・・・確かに、70年代半ば以前にみられたような「投資が投資を呼ぶ」状況のなかでの強烈な労働力の吸引力が急激に衰えました。
「高度成長」期にくらべ最近の不況期においては、三大都市圏の人口増加率は3分の2以下に低下し、また過疎地帯の人口減少率も3分の1以下に低下しているのです。
・・・しかしながら、相変わらず大都市圏の人口増加と過疎地帯の人ロ減少が続いているという点では、テンポが鈍っただけで、都市集中と農山村の過疎化という基本方向は変わっていないのです。
そして、現在の不況下で農山村の雇用問題はより深刻化し、他方、農林業にとっては、輸入圧力と国内市易逼迫下の「過剰生産」状況のなかで、諸農林産物は軒なみに市場価格の停迷ないし下落という困難な事態においこめられています。