世界の婦人問題 3
他方では、フランスにおける新左翼の衝撃波は、アメリカ的ウーマン・リブの衝撃波の推進力のもとに、結局のところ、まさしく女権拡張論のフランス的衝撃波M・L・F(「婦人解放運動」)を出現させていくのです。
アメリカ合衆国においてと同様フランスにおいても、婦人の動員は、それぞれ1967年に出発する大衆の高まる波動と衝撃波の同時性に特徴づけられています。
子宮は、ありうる限りもっとも女性に特有の、生物学的にもっとも女性的な決定的場所でありながら、女権拡張論のもっとも一般的で、もっとも性に関わらない権利要求である「肉体を所腎すること」・・・
つまり自己自身の存在の自決権と結びつきました。
このように、そもそもの出発点が「女らしさ」と女権拡張論を結びつけ、それら両者の相互作用の過程を始動させました。
「女らしさ」のためにとっておかれた分野においてもそうでした(『エル』誌、『マリー・クレール』誌、婦人向ラジオ放送)。
かつてはこうした大衆文化の婦人部門は、コミュニケーション上、広大な嬬人室を構成していて、そこでは女性は自律的な飛び地の中に統合-隔離されていました。
また、人に気に入られること、人の心を捉えること、愛されること、家庭を切り盛りすること、料理をつくることなどに、固有の能力や魅力を身につけたものです。
一方では幸福感をもたらすこと、女性を神話化すること、他方ではあらゆる種類の実際的助言をおこなうこと(料理などの作り方、ショッピング、手入れ)といった大衆文化の本質的な側而は、どこよりもそこで強調されていました。