世界の婦人問題
今日は世界の婦人問題について。
1967年に開けられた突破口を通して、女性についての全体的問題化と女性の異議申し立ては、飛躍的な発展をとげるでしょう。
フランスでも、アメリカ合衆国におけると同様に、婦人知識人層は戦闘的になります。
(フランスでは、出発点には婦人科学者である女性医師たちがいます。
アメリカ合衆国では、特に精神分析の女性医師、心理学者たちが出発点にいました。
この場合には、直接的に心の問題の段階にあるわけです)。
・・・こうした前衛たちが、かつて女性の現状を維持することに協力していたさまざまな階層(大新聞、婦人向雑誌の出版界)をまきこみ、それらがその後、問題を一般に浸透させてゆくことになるのです。
うまく統合された婦人運動、人々を統合する婦人運動の中で、戦闘的な女性たちは彼女らなりに、単に彼女らの結社の中に浮かびあがってくるのみならず、彼女らの個人生活をかきみだしにくる問題を、問題としてとらえることに敏感です。
彼女らは知的になり、イデオロギーの糧を求めます。
実際、1967年という年は、婦人たちのさまざまな結社の世界においても、マス・メディアの世界においても(メニー・グレゴワールがラジオ・リュクサンブールに登場する)、醗酵の年です。
1968年5月が間に割りこんでくるのです。